人受精胚、人クローン胚の研究目的での作成・利用について/水野俊誠

 総合科学技術会議生命倫理専門調査会の『最終報告書素案7月13日版』は、人受精胚および人クローン胚の研究目的での作成・利用を条件付で容認した。その条件とは、当該行為によらなければ得られない「生命科学や医学の恩恵及びこれへの期待が十分な科学的合理性に基づいたものであること、ひとに直接関わる場合には、人への安全性に十分な配慮がなされること、及びそのような恩恵及びこれへの期待が社会的に妥当なものであること」である。

 このような見解に対して、研究用の胚の作成に反対する次のような議論がある。研究のための胚作成を許せば、(1)薬剤や化粧品の毒性試験のような比較的重要でない目的のために胚を用いたり、胚を売買したりするようになるだろうし、(2)卵を提供する女性の身体を危険にさらすことにもなる。また、(3)研究用の胚は、他人の目的のためのたんなる手段として作成される。そのような胚の作成を容認すれば、胚の価値を軽くみることになる。(4)人の命の象徴という意味をもつ胚の作成を禁止しておけば、人の命の保護がいっそう確実になる。(5)胚に対して第三者である医師や研究者は、胚に切実な想いを抱く両親とは異なって、胚を軽く扱うことになりやすい。さらに、作成される胚が人クローン胚である場合には、次のような問題点が付け加わる。(6)体細胞の核移植によって作成された胚は、移植された核と同じ遺伝子をもち、唯一無二の存在ではないので尊重されない。(7)体細胞の核移植による胚作成を許せば、多数の胚が作成されることになり、胚の価値が下落する。(8)クローン胚は子宮に着床させればクローン個体の産生につながる。

 これらの議論に対して、次のような反論が考えられる。(1)胚の作成を許しても、適切な規制を行なえば、安易な作成や売買に行き着くとは限らない。商業化を恐れる人は、胚の大量生産というありそうにないシナリオを想定している。(2)卵の採取は、提供者の同意があっても許されないほど大きな危険を伴わない。実際、生殖補助医療のために卵を提供することは許されている。(3)他人の目的のためのたんなる手段として破壊されるという点で、研究用に作成される胚とES細胞作成のために破壊される胚は同じである。研究用に作成される胚は、破壊されるために作成されるので、道具化の度合いはいっそう強くなる。しかし、その違いは、一方を容認しもう一方を禁止することを正当化するほど大きな違いではない。(4)胚の作成を含む研究がもたらすと考えられる利益が、人の命の象徴的な保護より重みをもつ場合には、胚の作成が許される。(5)胚を売買することやそれを薬剤や化粧品の毒性試験に用いることなど、胚を尊重しないことになる取扱いを禁止すれば、胚の尊重を維持することができる。(6)遺伝子がほぼ同じ胚を尊重できない理由はない。(7)作成される胚の数は、利用可能な卵の数によって制限される。また、体細胞の核移植による胚の作成は、余剰胚を生じさせるIVFより技術的に難しい。それゆえ、体細胞の核移植による胚の作成を許せば作成される胚の数が増加するという危惧には、十分な根拠がない。?クローン胚の作成を容認しても、その胚を子宮に着床させるのを禁じることは、制度上の目標になり得る。

 このように、研究用の胚を作成することを容認する考え方には、一応の説得力がある。とはいえ、とくに、研究目的の胚作成に対する批判の周辺には難しい問題が残されている。さらなる検討が必要である。(「総合科学技術会議・生命倫理専門調査会に関する基礎資料のページ」もぜひご覧ください)

※本稿は、平成16年5月に脱稿し、近日、cardio-vascular medicine誌に掲載予定の拙稿の一部を含む。(平成16年7月29日)

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