フランス生命倫理法の改正について/奈良雅俊

2004年7月29日、フランスの憲法院は、7月8日から9日にかけて国民議会及び元老院で採択された「生命倫理に関する法律案」が合憲であるとの判断を下した。この「法律案」とは、1994年に制定されたいわゆる生命倫理法を改正する法律案のことである。本稿では、事実関係を中心に、この改正の経過と内容を紹介する。

 生命倫理法を改正する法律案が、コンセイユ・デタ[1] による答申、大臣会議での審議といった所定の手続きの後に、国民議会に提出されたのは2001年6月20日である。その後、最終的に採択されるまでに3年以上の歳月を費やしたのは、議会会期や他の優先議案との関係もあるが、ナベット(navette)と呼ばれる審議方式によるところが大きい。「原則として、すべての法律案は、同一条文について両院で審議・採決されなければならない。一院で可決された法律案を他院が無修正で可決すれば成立する。修正可決の場合は、原院に回付され、両院が一致するまで往復する(これを《navette》という)」[2] (下線は筆者による)。

 国民議会議院理事部に提出された政府原案は、特別委員会による検討及び報告書の採択を経て、2002年1月22日に採択され元老院へ送付された。しかし、これを受けた元老院は2003年1月31日に修正可決したため、法律案は国民議会へ回付された[3]。国民議会は、この回付を受けて再び同様の手続きによる審議を行い(国民議会第二読会)、修正案を2003年12 月11日に可決し元老院へ送付した。だが、元老院は語句等の追加修正を施して可決したため、ここでもやはり法律案は成立しなかった。その結果、首相により合同委員会が召集され、同委員会での討議の結果、2004年6月15日に妥協が成立した。これを受けて、国民議会は7月8日に、元老院は翌9日に法律案を採択した。その後、国民議会と元老院の議員が法律案の一部に違憲の疑いがあるとして憲法院に提訴したが、2004年7月29日、憲法院は合憲の判断を下した。かくして、政府原案の提出から数えて丸3年、「1994年に定められた期限から5年遅れて」[4] 生命倫理法の改正がなされることになったのである。

 さて、問題は改正の内容だが、ここでは、紙数の関係から「クローニンング」、「余剰胚に対する研究」という論点に限定して要約する[5]。

  1. あらゆるクローニングの禁止
    いわゆる生殖クローニングの禁止が法文に明記された。「その者が生存中であれ死者であれ、ある人と遺伝的に同一の子どもを誕生させることを目的としたあらゆる介入は禁止される」。そして生殖クローニングを「人という種に対する犯罪」と規定し、違反者に対しては、30年の禁錮重労働および750万ユーロ(約10億2000万円)の罰金を科する。他方で、いわゆる治療クローニングについても、法文により明確に禁止された[6]。「治療目的でのクローニングによる人胚のあらゆる構築は同様に禁止される」。そして違反者に対しては、7 年の禁錮および10万ユーロの罰金が科せられる。ただし、治療クローニングに関しては、健康担当相Douste-Blazyが「生命医学機関にこの問題についての特別報告書を要請する」と明言しており、結論が先延ばしにされたとも言える。
  2. 人胚に対する研究の原則禁止・例外容認
    人胚に対する研究については、胚に危害を与えない研究を除いては(原則的に)禁止される。但し、その例外的措置として、一定の条件の下でなら、胚および胚性細胞(政府の表現によれば、「さまざまな幹細胞」)に対する研究が許可されえる。そしてその条件として、対象となる胚は「生殖への医学的補助の枠で作成された体外受精胚であり、かつもはや親となる計画(un projet parenntal)の対象となっていない胚」、いわゆる余剰胚に限ること。(これに関連して言えば、研究目的であらたに胚を作成することも禁止している。「研究目的での体外受精胚の作成、人胚のクローニングによる構築は禁止される」。)研究期間は5年間で、「治療上の多大な進歩を可能にし、現時点での科学的認識において他の方法によっては比肩しうる有効性を追及できない」こと。提供するカップルが、他のカップルによる胚の受入れに関する情報を与えられた上で、事前に文書による同意を与えている場合に限ること。研究プロトコールが、新設される「生命医学機関(l’Agence de la biomeddecine)」により許可されている場合に限ること、等が挙げられている。
  3. 生命医学機関の創設
    生命医学機関は、「移植、生殖、発生学そして人類遺伝学の分野を統括する」ために「保健担当相の監督の下に」設置される国家の行政機関である。しかし、それは同時に“セントラルIRB”とも呼ぶべき役割を果たすことになる。同機関による研究プロトコールの許可は「研究計画の科学的妥当性、研究実施の諸条件についての倫理原則の観点からの検討、公衆衛生にとっての研究の利益」により決定される。このような新機関を設立することを通して、胚研究に関する研究倫理を確保しようというのである。
  4. ES細胞の輸入
    ルモンドによれば、生命医学機関は、2005年1月1日に創設されるだろう、とのことである[7]。それまでの過度的な措置として、研究担当相および健康担当相は省令により、研究目的でのES細胞の輸入を、民法に規定された根本原則が尊重されるという条件のもとに、許可できる。これにともない、両相は、輸入ES細胞に対する研究プロトコールについても一定の条件のもとで許可できる。ただし、この措置はあくまで過度的な措置であり、法の抜け道では決してないことに注意する必要がある。
  5. 着床前診断の容認
    着床前診断については、94年の生命倫理法は「例外的に」これを容認していたが、今回の改正法では「厳格な条件の下で」それを拡大する決定がなされた。家族内で検知された遺伝性疾患に罹患していないが、その疾患に罹患している兄あるいは姉と免疫適合性のある子どもを生むための着床前診断の利用がそれである。「体外の胚から採取された細胞に対して行われる生物学的診断」は(診断時に不治と認められる遺伝性疾患に罹患する)「子どもの生存予後が、この子どもに対する治療の適用、ただし胚の子宮への移植から生まれてくる子どもの身体的完全性を侵害しないような治療の適用によって、決定的に改善されうる」という条件のもとで許可されえる。これによって、「治療に役立てる赤ん坊(bebe medicament)」を産むことが可能になる。結果的に、着床前診断による「胚の選別」[8] を容認したとも言えるだろう。

*本稿は、財団法人ファイザーヘルスリサーチ振興財団平成15年度国際共同研究Bおよび科研費一般研究(B)(1)(課題番号16320002)(共催)の研究会において筆者が報告した「人胚の取扱いに関するフランスの対応」の一部である。


[1] Conseil d’etat(一般にコンセイユ・デタあるいは国務院と訳される)とは、1799年に創設されたフランス独自の行政組織であり、今日では、政府に対する法律上の顧問及び法制上の調査機関といった職務に加えて、高級官吏の養成所や行政裁判所としての機能をも果たしている。政府は、生命倫理法の制定時と同様、改正に際しても、コンセイユ・デタに対して、クローニング、胚研究、生殖補助医療に関する諸問題の調査を命じた。これを受けて、同機関内の報告・調査部は、1999年11月25日「生命倫理法;5年後」と題された報告書をまとめ、政府に提出した。Conseil d’ etat, Les lois de bioethique:cinq ans apres, La Documentation francaise, 1999

[2] 山口俊夫『概説フランス法上』、東大出版会、1978年、184頁。

[3] この時点で注目すべき大きな修正がなされたのだが、それについては以下の拙稿を参照されたい。奈良雅俊.「フランス生命倫理法と胚の保護」.平成14年度環境対応技術開発等(バイオ事業化に伴う生命倫理問題等に関する研究)に関する報告,財団法人バイオインダストリー協会:17-23,2003

[4] この改正は94年の法の文言によりすでに予告されていたものである。「この法律は(…)その施行後5年以内に、議会において再検討の対象とされる。」

[5 以下の要約は、12.07.2004., science actualites(http://www.cite-sciences.fr/)による。

[6] 政府によれば、治療的クローニングを容認すれば、卵母細胞の商業化と生殖的クローニングへの道を開く恐れがある、というのがその理由である。

[7]  Le Monde, 08.07.04, http://www.lemonde.fr/web.

[8]  LeMonde, 09.06.04., http://www.lemonde.fr/web. ルモンドによるこの表現は元老院第二読会で法律案が採択された時点のものだが、その後も法律案のこの規定は修正されなかった。

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