米国におけるIRB の最近の動向/額賀淑郎

1 はじめに

 本稿の目的は、検索による網羅的な文献収集により、米国におけるInstitutional Review Board(以下IRB)の最近の動向を概観・分析することにある。IRBとは医学研究を取り扱う施設内審査機関(倫理委員会)をさす。方法として、 2000年から2004年6月までの文献を検索・概観した上で、入手可能な文献(論文や要旨)から内容分析を行い、重要な研究項目を分類した。結果として、米国のIRB関連の文献は英語文献におけるおよそ半分を占め、IRB研究の中心であることがわかった(図1参照)。ここ数年の傾向として、IRBの制度改革の影響のためか、2002年に文献数が増えた。また、IRB文献の重要なトピックとして、インフォームドコンセントや治験などが挙げられる(図2参照)。中でも、中央IRBの治験審査が始まったことを反映して、治験に関する文献が増えているのが特徴である。内容分析による研究項目は、1)IRBの効率性と制度的問題、2)IRB委員の利益相反、3)インフォームドコンセント、4)IRBの監視体制、5)その他(小児を対象とした医学研究など)に分類された。本稿は各項目における要点を記す。

2 IRB の効率性と制度的問題

 IRB制度は1974年の国家研究規正法(National Research Act)の下、施設内審査機関として設立した。しかし、近年において、審査件数の急増・研究の高度化により、各施設のIRBの役割が十分に果たせず、審査した医学研究において被験者死亡などの事故(例、1999年のペンシルベニア大学の遺伝子治療失敗例)が発生した。また、1998年、OPRR (Office of Protection from Research Risk)がデューク大学のIRBを監査したところ、22箇所の不備な点が発覚した。これらを契機に、IRBの制度改革が唱えられるようになったといえる。

近年におけるIRBの特徴の一つとして、審査件数の急増を挙げることができる。例えば、デューク大学では1974年には年間400件の審査だったものが、 2000年の時点ではおよそ2200件の審査を行うようになった。NIHのベル報告書(1998年)によれば、491のIRB において合計2万8400件の審査を行う一方で、年間における審議の合計時間は9時間から50時間とばらつきがあり、十分な時間を取っているとはいえない。実際、研究計画の初期審査では、審議件数の少ないIRB において平均21分、件数の多いIRBにおいて平均3分の審議時間しかない[1]。審査件数の増加はIRBの業務に大きな影響を与えているといえる。

Snyderman & Holmes(2000)[2] は、デューク大学の事例に基づき、IRBの問題点を以下のように指摘している。1)IRBが審査した研究計画の20%しか研究資金を得ることができず、その結果、研究施行が十分にできずに多くの審査は無駄となる。2)IRBを支える資金が不足している。この点に関しては、研究費の間接費から割り当てるべきだという議論がある。3)IRB委員がNIHのガイドラインを参照しないなど、 IRB委員の教育が不十分である。そのため、IRB 委員の資格化とIRB施設の認定を行うべきだという議論がある。4)多施設共同研究の増加に伴い、多施設共同研究における各施設IRB審査の非効率性が問題としてあがっている。

特に、多施設共同研究におけるIRB審査の制度改革の必要性が指摘されるようになっている。NCI(National Cancer Institute)では平均30箇所で行う多施設共同治験(第III相)が約160存在する。各施設のIRBは同じ治験について審査を重複して行い、非効率的であるとの指摘がある。そのため、NCIでは、被験者代表(25%以上)を含む構成員16名から成る中央IRBを設立し、初年度(2001年度)に 20件の審査を行った[3]。さらに、疫学における多施設共同研究(特に分子疫学研究)は増加しているが、各施設IRBの審査様式は異なる審査結果を出す場合が多い[4]。連邦政府の指針がないため、中央IRB や共同審査(Cooperative Review)の推進する政策を打ち出すべきだという意見もある[5]。このように、一括審査を行う中央研究審査体制の必要性が指摘されている。

米国のIRB体制の限界として、連邦政府出資の研究資金のみに有効であるという点が挙げられるだろう。そのため、政府出資以外の研究審査を執り行なう「製薬会社の倫理委員会(ERB, Ethical Review Board)のあり方」や「病院における研究倫理委員会(REC, Research Ethical Committee)の役割」[6] が重要になってくる。

3 IRB 委員の利益相反

 日本では、研究審査における利益相反の研究はほとんどないが、米国では重要なテーマの一つになっている。治験審査における製薬会社の影響など、IRB 委員の中立性が問題となっている[7]。 Association of American Medical College(2003)は、「利益相反に関する特別委員会によるガイドライン:委員と施設の利益相反」を作成した[8]。 IRB 委員の経済的動機の明瞭化を義務付けた連邦政府の利益相反規制だけでは、IRB委員の利益相反の問題を解決するのは難しいと指摘した。その上で、政府出資以外の研究審査における「ヒトを対象とする医学研究」や「企業をスポンサーとする研究」において「利益相反の委員会」を設置することを促している。また、 IRB委員の多くは研究者であるため、非経済的な利益相反(例、研究上の利益)が問題となることもある[9]。

4 インフォームドコンセント

 IRBで審査するインフォームドコンセント書式の量が多く、不完全であることが見受けられるため、インフォームドコンセント書式に関する研究が必要である。インフォームドコンセントの読みやすさ(Readability)の研究として、全国のインフォームドコンセントの雛形を集め、分析する事例がある[10]。また、臨床研究においてインフォームドコンセントのあり方が複雑になってきている。例えば、インフォームドコンセントが直接取れないとき、IRB は代理者となって代諾(Proxy Consent)の許可を与えるかどうか、という討論がある[11]。その一方、残余試料利用においてIRB 審査によりインフォームドコンセントの免除を得たとしても、臨床研究における残余試料の利用にはインフォームドコンセントを取ることが望ましいとFood and Drug Administration(FDA)は勧告した[12]。

5 IRB の監視体制

 米国では、IRBの監視体制の所在(OPRR,FDA,資金団体など)が明確ではない。そのため、監視体制の一元化に向けた議論が起こりつつある。例えば、IRBにおけるプライバシールール確立の必要性が指摘されている。HIPAA法(Health Insurance Portability and Accountability Act, 1996)により、個人情報を含む医療情報に患者の許可が必要となった。その結果、個人情報に関わる医学研究においてインフォームドコンセントが求められるようになった。確かにIRB審査によって患者の同意や許可の免責が行えるが、そのIRBによる免責の基準に関して議論が起きている[13]。プライバシールールは政府出資以外の研究審査も含むため、プライバシールールの基準や監視体制のあり方について更なる議論が必要となるだろう。

6 その他(医学研究など)

 近年、小児を対象とした医学研究に対する議論が盛んである。1998年にNIHはIRB審査などを条件に小児を対象とする研究を認める指針を出した。このため、小児を対象とする治験や研究が増加した。ただし、小児を対象とするプラシーボ対照試験を含めるかどうか、倫理的な議論が必要である[14]。小児を対象とする研究のリスクとベネフィットに関するIRB審査基準は多種多様であることが判明した[15]。他に、日本では心理学・社会科学などの分野における研究倫理審査は進んでいないが、米国のIRB研究によると、これらの分野でもIRBが必要であることが再確認されている。

7 結論

 米国のIRBは制度改革の途中にあるといえる。その背景として、審査件数の増加や研究の高度化に伴い、IRB審査が非効率的となり、制度的な見直しが迫られているためだと考えられる。次に、IRB委員の利益相反には経済的な問題や研究上の利害対立があり、日本でも今後更なる議論が必要だろう。また、IRB審査においてインフォームドコンセントの書式やあり方は問い直されている。さらに、多施設共同研究の増加に伴い、米国では各施設IRBや中央IRBに対する監視体制の議論が始まっている。最後に、これらの研究結果をそのまま日本の事例に当てはめることはできないが、米国のIRB改革を生かしながら、日本における倫理委員会の役割を継続的に議論する必要があるだろう。

[IRB表?]

[IRB表?]

[1] Christian M.C. et al. (2002) “A central institutional review board for multi-institutional trials” N Engl J Med, 346(18): 13-4.

[2] Snyderman R.&Holmes E.W.(2000) “Oversight mechanisms for clinical research.” Science 287(5453): 595-7.

[3] Christian M.C. et al. (2002).

[4] McWilliams R. et al. (2003) “Problematic variation in local institutional review of a multicenter genetic epidemiology study,” JAMA, 290(3): 360-6.

[5] Leslie E. et al. (2002) “The challenges of IRB review and human subjects protections in practice-based research,” Medical Care, 40(6): 521-9.

[6] Mann H. (2002) “Research ethics committees and public dissemination of clinical trial results,” Lancet 360(9330): 406-8.

[7] Pullman D. (2002) “Conflicting interests, social justice and proxy consent to research,” J Medicine and Philosophy, 27(5): 523-45.

[8] AAMC Task Force on Financial Conflicts of Interest in Clinical Research (2003) “Protecting subjects, preserving trust, promoting progress I & II,” Acad Med 78(2): 225-45

[9] Levinsky N.G.(2002) “Nonfinancial conflicts of interest in research,” N Engl J Med, 347(10): 759-61.

[10] Paasche-Orlow M.K. et al. (2003) “Readability Standards for Informed-Consent Forms as Compared with Actual Readability,” N Engl J Med 348(8): 721-6.

[11] Pullman D. (2002).

[12] Christopher M. et al. (2001) “To IRB or not to IRB ?: that is no longer the question,” Am J Clin Pathol, 115:187-91.

[13] Kulynych J. & Korn D.(2002) “The effect of the new federal medical-privacy rule on research.” N Engl J Med, 346(3): 201-4.

[14] Miller F.G. et al. (2003) “When do the federal regulations allow placebo-controlled trials in children?,” J Pediatr 142(2): 102-7.

[15] Shah S. et al. (2004) “How do institutional review boards apply the federal risk and benefit standards for pediatric research?,” JAMA 291(4): 476-82.

 

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