道徳的エンハンスメントに対する徳倫理学からの応答 ―ピアソン&サヴァレスキュとハリスの議論を手掛かりとして―

松村良祐
First Published: July 24, 2025

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Abstract

本稿はピアソンとサヴァレスキュの提案する道徳的エンハンスメントによって我々の道徳的判断や行為がどのような変化を被り、またそこにどのような問題が生じるのかを検討する。通常の道徳的な成長の歩みにおいて、行為者はモデルとなるものと自身の行為を比較する。そして、その吟味を通じて試行錯誤していくことで、正しい行為に対する適切な理解を獲得し、その行為のうちに内的な充足感や快を得ることができるようになる。しかし、道徳的エンハンスメントによって道徳的素質が外的に改善されるという場合、上述のような成長のプロセスは省略され、道徳的行為の中身が空洞化してしまう。したがって、ピアソンとサヴァレスキュの提案する道徳的エンハンスメントは表面的な判断力の強化にとどまり、道徳的行為に対する理解や行為者の内面的な成長の欠落を引き起こすリスクがある。本稿はこのような立場を展開するとともに、道徳的行為と自由の関係をめぐるハリスの批判を検討し、それが説得力に欠けることを示す。一方で、道徳的エンハンスメントの実効性や道徳的能力の複雑性に関するハリスの論点は今後の議論において有意義な視座を提供し得ることも指摘する。

 

Key words

道徳的エンハンスメント、生命倫理学、徳倫理学、道徳的成長、思慮