利他的な行為を促すナッジの倫理的課題の検討 ―インテグリティの疎外、成長機会の剥奪、設計者の非中立性の論点から―

菅家 諒
First Published: August 1, 2025

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Abstract

近年、「ナッジ(nudge)」という行動介入の手法が、社会的に広く利用されている。本来、ナッジはパターナリズムに基づき、行為選択者当人の利益を増幅させることを目的としていた。しかし、近年では、ナッジが行為者自身の利益を増幅させる行為だけでなく、他者の利益を増幅させる利他的な行為を促すためにも活用されつつある。本稿は、利他的な行為をナッジで促す際に生じる倫理的問題を検討する。まず、B.ウィリアムズの「インテグリティ」概念を用いて、利他的行為を促すナッジの根本的な限界を明らかにする。その後、ナッジが生み出す結果を肯定的に評価する反論を想定し、それに応答する形で、残される2つの課題を指摘する。すなわち、第一に、ナッジが人々の倫理的成長の機会を損なう可能性があること、第二に、ナッジの設計者自身にもバイアスがかかる可能性を排除できないことである。以上の検討から、人々から利他的な行為を引き出す手段としてナッジが適切である根拠は明らかではないことを示す。

 

Key words

ナッジ、利他的行為の促進、バーナード・ウィリアムズ、倫理的成長