日本における研究教育センターの意義/堂囿俊彦

 かつて本ニューズレター*(No.27)において、奈良雅俊が生命・医療倫理人材養成ユニット(Center for Biomedical Ethics and Law:CBEL(シーベル))の「船出」を宣言してから2年半が経つ。ここでは、この2年半の報告とともに、われわれのセンターが<日本における生命倫理学のこれから>にどのように寄与しうるのかを述べたい。

 われわれの掲げた目的は二つ、すなわち、医療の現場において倫理委員やコンサルタントとして助言や教育を行える人材、そして世界レベルで生命・医療倫理学の研究を行える人材を養成することであった。前者について言えば、2004年10月以来、すでに4回の生命・医療倫理学入門コース(4ヶ月)と、2回の夏期集中コースを実施し、300名近い修了生を輩出している。同時に、3回のリスクマネジメント人材養成講座も開催し、100名以上の方が修了している。他方、研究者養成においても、博士号取得者を輩出するとともに、ポスドク研究員、博士課程、修士課程の学生が研究活動に励んでいる。

 修了生のバックグラウンドは、医師、看護師、検査技師といった医療従事者、研究者、製薬企業において生命・医療倫理に関わる者、報道関係者、一般市民など実にさまざまである。そして、修了生は、自らのバックグラウンドに応じて、コース内容を現場へ還元している。講義内容を臨床の症例検討に用いる者、倫理委員(長)に就任する者、自らの教育プログラムに採り入れる者、医薬情報担当者(MR)の生命倫理教育を担当する者など、その活動は多岐にわたる。CBEL を源とする流れは、その裾野を着実に広げているのである。

 しかし、作られたのは、CBELから修了生への流れだけではない。同時に、いま、修了生たちも生命倫理の“源”になりつつある。2006年7月に、コースの修了生により、「生命・医療倫理研究会」が立ち上げられた。それまでも修了生は、期ごとに研究会を開催し、自らの経験した症例、裁判で争われた事案、あるいは自らの研究成果などを発表し、活発な意見交換を行っていたが、より安定した基盤の上で活動を継続するべく、研究会を設立したのである。

 そして、この双方向の流れが、<日本の生命倫理学のこれから>に果たす役割は決して小さくない。

 われわれは、入門コースを作り上げるさいに、欧米において開催されているコースを参考にした。その意味では、われわれの提供してきた生命・医療倫理学は欧米(とりわけアメリカ)的と言えるだろう。そして、この点を疑問視する受講者がいたのも事実である。しかし、試行錯誤の段階にあるわが国の生命倫理の現状を踏まえれば、歴史的な積み重ねのある他国のカリキュラムを手本にすることは正当である。そしてなによりも強調したいのは、コースや、それを元に作り上げたテキスト『入門・医療倫理I』やDVD教材『生命・医療倫理学入門』において提示した理論や価値を、われわれは<完結したもの>と見なしているわけではないということである。むしろ、われわれが示してきた考え方は、欧米をモデルとして日本の生命・医療倫理学を展開することはできるのか、それとも両者はまったく異なる地盤の上に成立するのか、こうしたことを見極めるための、言い換えれば<日本の生命倫理学のあり方>を探るための試金石なのである。

 そして、こうした作業を行うためには、さまざまな形で医療に関わる人々の声を理論的に分析し、教育プログラムへと還元すること、さらには世界へ発信していくことのできるネットワークがきわめて重要であり、ここにこそ、われわれのような生命・医療倫理の研究教育センターの存在意義があると考えられる。

 今年度中には、テキストの続編『入門・医療倫理II』を出版する予定である。そしてこの本をもって、われわれからの発信は<一応の>完結を見ることになる。しかしそれは、あくまでも暫定的な終結にすぎない。かつて奈良が目標として掲げた、「生命・医療倫理学の確立へ向けた大きなうねり」は、まさにそこから始まるのである。

 *本文は、日本生命倫理学会ニューズレターNo.33(2006年10月1日発行)からの転載である。

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