着床前診断について/奈良雅俊

 2004年2月、神戸市の産婦人科医が学会の指針に反して着床前診断を実施していたことが報道され、各方面に波紋を広げた。日本産科婦人科学会はすでに1998年10月に「「着床前診断」に関する見解」を会告として明らかにしている。それによれば、重篤な遺伝性疾患の診断を目的とする場合に限り、学会が個別審査することを条件にこの技術を容認するとしている。今回のケースは、男女産み分けのための性診断を目的として行われた以上、明らかな会告違反である。

 そもそも着床前遺伝子診断は、体外受精・胚移植技術の向上、発生学上の知見の拡大、そして疾患の原因遺伝子の解明等を背景として登場した「高度な」技術である。診断可能な疾患の数と診断の精度といった技術的限界を考慮すれば、着床前遺伝子診断を「臨床研究の範囲に限定して行われるべき」ものだと位置づけ、実施を認可制とした学会の見解は納得できる。だが、学会側が「特に障害者の立場を考慮して本件の審議を行った」とことわっていることから明らかなように、この技術が極めてデリケートな倫理的問題をはらんでいるという点を私たちは見失ってはならないだろう。逆に言えば、そのような倫理的問題を等閑にしてまで、高度な技術を研究する必要があるのか、あるとすれば、その意味は何かということになる。

 着床前診断については、診断が細胞レベルで行われるため母体への侵襲が少なく、発生する胎児にとっても安全だというメリットを指摘する医療者も多い。さらに、選択的中絶を伴わないという点を挙げて、出生前診断に比べた優位を指摘する者も少なくない。たしかに妊婦の精神的・身体的負担や胎児の福祉に配慮することは重要である。しかし、それらをもって、より重要な倫理的問題が覆い隠されてしまわないよう注意する必要がある。すなわち、着床前診断は優生学的な生命の選別か否か、という問題である。中絶をしないのだから優生学的な生命の選別にはならない、と本当に言えるのか?もし、着床前診断にもとづく胚の選別が優生学的な選別でないというなら、その根拠を示して見せる責任が医療者側サイドにはある。

 だが、生命の選別という問題は、単に医療者サイドに説明責任や高い倫理観を要求すれば、それで解決できる問題ではない。医療者の間のみでというよりはむしろ、障害者や遺伝的に高いリスクを抱える患者およびその家族とともに社会を構成しているすべての者が正面から受け止めるべき問題である。障害とは何かといった原点から問いを起こし、私たちはどのような社会のあり方を望むかという問いについての継続的な議論を行わないまま、学会指針を立てに診断が行われるならば、異常や障害についての恣意的な言説と差別を再生産するだけに終わるおそれがある。近年指摘されるように、かつての国家による優生学から、個人の自己決定の名の下で行われる優生学へとシフトしつつある現状を考慮するなら、なおさらである。

 これに関連して、着床前診断の利用目的の拡大をどこまで認めるかという問題がある。すでに述べたように、学会指針は、重篤な遺伝性疾患の診断に目的を限定し、染色体異常の発見や性判定を目的とした利用を認めていない。患者の「強い希望」があれば、それがどのような希望であれかなえるべきだということにはならないはずである。患者の意向にどこまで従う義務が医師にはあるのか、患者の福祉とは何かという問いに遡って議論すべきだろう。その際、患者サイドが生殖に関する自己決定権の尊重を強調するならば、個人の生殖の自由はどこまで及ぶのかといった根本的問題に遡って議論する必要がある。さらに、便宜的目的での利用の是非という問題以外にも、生まれてくる子どもの福祉そのものではなく、第三者の利益のための利用の是非という問題もある。特に、血液疾患の子どもを治療するための臍帯血ドナーを生むという目的による利用の是非やハンチントン病のような治療法のない疾患のハイリスクを抱えた患者とその家族の「知らない権利」との関係でも、この診断技術の利用の是非が問われるだろう。

 今回のケースを一医師の軽率な行為だと非難することはたやすいが、そのような矮小化を通して、さまざまな重要な問題が覆い隠されてしまわないように私たちは注意し、社会全体の問題として議論を継続してゆくべきである。その意味では、先端技術の受容範囲を当該専門家集団の自主規制にゆだねるという日本の規制方式そのものがいまあらためて問い直されていると言えるかもしれない。なお、産科婦人科学会は、学会内に設置されている倫理委員会が、6月18日に着床前診断に関する審査小委員会より2件の着床前診断の実施の認可についての答申を受け取り、倫理委員会で審議を開始したところであると発表した。倫理委員会、理事会での今後の議論の推移が注目される。 (「出生前診断/着床前診断に関する基礎資料」もぜひご覧ください。)(2004年6月21日)

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