生命倫理の現在と展望 (2004年)/児玉聡

少し気が早いかもしれないが、今年起きた事件を振り返りながら、今後の生命倫理の展望を考えてみたい。

(1) 2月、神戸市の大谷産婦人科院長が日本産科婦人科学会に無断で着床前診断を行っていたことが明らかになった。着床前診断を行い望ましい胚だけを子宮に戻すという行為は、現在法的な規制がなく、野放しの状態である。個人の自己決定に任せるならば、なし崩し的に優生思想を認めることにもなりうる。

(2) 同月、韓国で人クローン胚からES細胞を作成していたことが明らかになっ た。日本でも7月に総合科学技術会議生命倫理専門調査会が多数決による異例の強行採決を経て、人クローン胚を用いた基礎研究が容認されることになった。 専門領域の違う委員たちの議論は最後までかみ合っていたとは言えず、日本の生命倫理の現状を反映していた。医学研究の科学的側面と倫理的側面を検討できる人材の養成が急務である。

(3) 同じく2月に自民党調査会の臓器移植法改正案が作成され、近く国会に提出 される。1997年施行の臓器移植法は「臓器移植禁止法」と揶揄されるほど臓器摘出の条件が厳しく、また15歳未満の小児は臓器提供ができない点が問題視さ れていた。改正案では「本人の拒否の意思表示がなければ、遺族の承諾だけで臓器移植できるとする」とし、提供年齢の下限も定めていない。国会内外で十分に議論することが期待される。

(4) 5月には北海道の病院で「安楽死」事件が起きた。一部の報道は東海大判決の安楽死の四要件が満たされていないと論じていたが、今回は人工呼吸器の取 り外しが問題だったので、治療中止の許容要件を満たしているかどうかを論じ るべきであった。今後高齢化が一層進むにつれ、終末期医療のあり方がますます問題になる。医療現場での混乱を防ぐためにも、国民的議論を通じた指針などの制定と、院内の倫理コンサルタントの養成が喫緊の課題である。

(5) 同月、医療事故の警察への届出が前年中に250件近くあったことがわかり、過去最多となった。さらに、全国81の特定機能病院で前年度に起きた医療事故の数は、厚生労働省の医療安全推進室が把握しているだけでも約5000件あった (ただし、すべての医療事故が深刻な過失を含むわけではない)。より良い医師・ 患者関係を築くことは、医療事故を防ぐことにもつながる。それには、インフォームド・コンセントを重視することが肝要である。

(6) 事件というべきかどうかわからないが、6月、東京大学医学系研究科の生命・医療倫理人材養成ユニットのパイロット講義が開始し、この10月からは生命・医療倫理学入門コースとして正式に開講する。倫理委員会の運営を担い、医療現場で倫理的問題に的確に助言を行なうことができる人材を養成し、同時に学際的素養を身に付けた生命倫理学の研究者を輩出することを通じて、このユニットが日本の生命倫理学をリードする一大拠点へと成長することが大いに期待される。

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