国連におけるクローン技術規制の動き/堂囿俊彦

今月(2004年10月)の21から22日にかけて、国連総会の下に設置されている第6委員会[1] において、クローン技術に関 する国際的なルール作りのための話し合いが行われた。こうした試みのきっかけは、セベリノ・アンティノリ、パナイオティス・ザボス、ラエリアン・ムーブメントといった「カウボーイ・クローナー(むちゃなやり方でクローン個体作りをする人)」の動きを阻止しようとするドイツおよびフランスの提案であった。しかし2001年夏に始められたこの試みが辿ってきた道のりは、決して平坦なものではなかった。

2002年2月25日から3月1日まで開かれた最初の委員会以来、今回の委員会開催は3回目となる。しかし実のところ、いままで議論はほとんど進んでこなかったし、今回もまたあまり実りのあるものとはならなかったようである。その最大の原因は、二つの立場の対立にある[2]。一つは、クローン個体の産生を目的としたreproductive cloning(生殖目的のクローニング 以下、RC)だけではなく、therapeutic cloning(以下、TC)――すなわち、ES細胞を取り出し、治療に用いることを目的にしたクローニング――も一緒に禁止するべきだとする comprehensive approach=CA。バチカンを中心としたカトリック圏の国々、そして保守層を支持基盤とするブッシュ政権のアメリカがこの立場に与している。これに対抗するもう一つの立場は、RCのみを国際レベルで厳格に禁止し、TCの方は、各国の自主規制に委ねるべきだという立場である。(以下、これを focused approach=FAと呼ぶ[3]。)この立場をとってきたのは、ドイツ、フランス、中国、イギリス、日本などの国々である。

両者の主張を支える主な理由を見ていこう。一方において、CAを構成するのは、カトリック圏の人々やアメリカの保守層といった「プロ・ライフ派」の人々である。つまり彼らにとってヒト胚はいわばわれわれと同じ「人」であり、だからこそヒトクローン胚の滅失を伴うTCは認められないことになる[4]。ブッシュ大統領は今回の委員会に先立ち、9月の国連総会において次のように発言している。

私は[コスタリカによって提出されたCAの:堂囿]決議案を支持するし、すべての政府に対して、基本的な倫理原則を確認するよう強く勧める。すなわち、「人の生命human lifeはいかなるものでも、他人の利益のために作られたり破壊されたりするべきではない」という原則を[5]。

また、今回の委員会において最初に意見表明を行ったバチカン代表は、次のように述べている。

ローマ教皇庁は、幹細胞を得るために、壊すという目的でヒト胚をクローニングすることに反対する。たとえそれが[治療という:堂囿]崇高な目的のためであってもである。なぜならこれは、ヒトの生物医学研究の根拠および目的、つまり人間の尊厳の尊重と齟齬をきたすからである[6]。

これに対してFAの根拠は、なによりも、TCを視野に入れることにより議論が長期化し――なぜならTCの是非、さらにはヒト胚をどのように考えるのかについては、国/文化により考え方が多様であるから――、委員会設立の元来の目的であるRCの禁止が遠のいてしまうという点にある。むしろこの多様性を認め、さらにTCがもたらしうる多大な利益を考慮に入れるのであれば、TCの規制は各国の規制に委ねるべきということになる[7]。この立場を強力に支持している国際的なロビーグループであるThe Genetics Policy Instituteのディレクターであるバーナード・ジーゲルは次のように述べている。

われわれは、自国民の生命の質を改善するために医学が提供しうる利益を評価することなく、われわれを性急に行動させようとするいかなる決定にも従うことはないだろう[8]。

これまでの説明から明らかなように、TCをめぐる対立の背後には、ヒト胚、さらには出生前のヒトをどのように考えるのかという問題がある。そしてこの対立は、生命倫理学者のグレゴリー・ストックが言うように、「論理的な議論によっては解決不可能な宗教的問題」[9] なのかもしれない。だからこそ、国連という場でなしうるのは、せいぜい結論を先延ばしにすることだということにもなろう。事実、今回の委員会でも、去年に引き続き、FAおよびCAの決戦投票は見送られる可能性がきわめて高い。現在のところ、韓国が1年間の延期を提案している。(国連のスポークスマンによると、11月初めに正式な決定がなされるようである[10] 。)

ただし今後、この委員会の議論が前進する可能性はある。一つの鍵は、間近に迫ったアメリカ大統領選である。民主党のケリー候補はすでに、TCを含んだES 細胞研究の支持を打ち出しており[11]、ケリー候補が勝利した場合、CAとFAの力関係に大きく影響を与えることは間違いない。そしてもう一つは、韓国によって提案されている、「クローニングに関する国際科学会議」[12] の開催である 。残念ながらこの委員会では、初回に各領域の専門家によるプレゼンテーション[13] が行われて以来、共通の土台を作り上げる努力がほとんどなされてこなかった。今回の委員会においてバチカンは、TCの科学的妥当性に疑問を呈しながら、体性幹細胞の可能性について論じているが[14]、たとえばこうした論点についてTCを支持する科学者との間で議論をすることは、たとえ純粋に「科学的」ではありえないにしても、真摯な対話の「きっかけ」には十分なりうるのではなかろうか。そしてそうした対話の中で、ときに「宗教的」「政治的」という言葉であっさりと片づけられてしまう、多様な価値観の背後にある(かもしれない)ものに言葉を与えようとする努力が始まることを願っている。もちろんこの願いが、多分に理想的であることは承知の上で。(「再生医療に関する基礎資料」のページもぜひ参考にしてください。)(2004年10月30日)


[1] 委員会のHPは、http://www.un.org/law/cod/sixth/59/current.htm#153

[2] この委員会については、以下の論説記事や二論文に詳しい。
青野由利「ニュース展望 クローン人間禁止条約 焦点は「ヒト胚」の作成の扱い」『毎日新聞』2002年3月30日付; 菱山豊「国連クローン人間禁止条約を巡る動向について」『ジュリスト』No. 1225, 2002.6.15, 52-57頁; 和田幹彦「国連クローン人間禁止条約委員会での対立と条約成否の展望」『ジュリスト』No. 1225, 2002.6.15, 58-65頁.

[3]comprehensive approachおよびfocused approachの名称は、Report of the Ad Hoc Committee on an International Convention against the Reproductive Cloning of Human Beings, General Assembly Official Records Fifty-seventh Session Supplement No. 51 (A/57/51), p. 2による。

[4] もちろん他にも、RCのみの規制で、クローン人間を本当に禁止できるのか、またTCを認めることは女性の搾取につながるのではないか、といった様々な論点も提示されてきた。こうした論点については、注3の文書にまとめられている。また、和田, 61頁; Susan Mayer, United Nations fails to agree on human cloning,BMJ, 2004; 329: 996 (30 October) も参照のこと。

[5] Steven Ertelt, United Nation’s Head Opposes Human Cloning Ban, U.S. and Costa Rica Firm,LifeNews. com, October 21, 2004; Bush presses UN for global cloning banBioNews, 24 September 2004.

[6Consideration of the Holy See on human cloning (A/C.6/59/INF/1) 日本カトリック教会による翻訳はこちらから入手可能。

[7] Warren Hoge, U.S. Stem Cell Policy Delays U.N. Action on Human Cloning, New York Times, October 24, 2004.

[8UN delays cloning vote againBioNews, 25, October 2004.

[9UN human cloning vote stalls yet againNewScientist, 25, October 2004.

[10] ibid.

[11] 佐藤千矢子「04米大統領選:故「スーパーマン」夫人、民主党支持--「ES細胞研究促進を」」『毎日新聞』2004年10月22日; 「米大統領選:「倫理」VS「恩恵」 生命分野で鋭い対立--科学政策争点チェック」『毎日新聞』2004年10月23日

[12] Colum Lynch, U.N. Split on Human Cloning Ban, Washington Post, October 22, 2004.

[13] プレゼンテーションの情報については、注1のHPから入手可能。

[14] 注6の文章を参照のこと。

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