米国における利益相反と倫理委員会の現状/長尾式子

 2004年11月15日、東京大学医学部教育研究棟13階第4セミナー室において、米国、ケース・ウェスタン・リザーブ大学のスチュアート・ヤングナー氏、マーク・オリッシォ氏から米国における利益相反と倫理委員会の現状に関する特別講演があった。その講演の内容を紹介したい。

●マーク・オリッシォ[1]/米国の施設内審査委員会(Institutional Review Boards: IRB)と病院内倫理委員会(Hospital Ethics Committees: HEC):歴史的進化と続く難題

 米国には、公的機関からの助成による医学研究を審査するInstitutional Research Board(IRB)と臨床現場における治療の選択や差し控え、中止といった問題などの倫理的な問題の解決に取り組むHospital Ethics Committee(HEC)がある。(IRBについては、9月のトピックで額賀助手から「米国におけるIRBの最近の動向」として既に紹介されているので参照していただきたい。)

 HECについて簡単に背景を説明すると、米国では1960年代の市民権運動の流れをうけて、臨床現場での患者の権利運動が高まった。と同時に、臨床現場では医療技術の急速な発展が医学的可能性を拡大し、医療者の医学的知見と患者やその家族の価値観が衝突することも多くなった。画期的事件となったのが1976年カレン・クインラン事件である。当時、人工呼吸器による生命維持は可能であった。しかし、不可逆的昏睡となったカレン・クインランの生命を維持する人工呼吸器は、必ずしも本人の望んだ医療ではないという家族の訴えから、人工呼吸器の取り外しがニュージャージー州最高裁判決によって認められた。それ以後、米国大統領委員会の医療と医学研究における倫理問題調査会(US President’s Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine and Biomedical Research)や米国医師会(American Medical Association)は、臨床現場で生じる治療の差し控えや中止、患者の治療を拒否する権利、代理判断と意思決定能力の是非など様々な問題を取り扱う体制を病院に求めてきた。

 これまでに行なわれたHEC設置の実態調査によると、1981年でHECの設置率は1%未満であったが、1992年に米国保健機関認定合同委員会(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organization: JCAHO)が、病院に対して臨床における倫理的な問題に取り組む機能を持つことを勧告して以降、設置率は急速に高まり、2002年には400床以上の病院すべてにHECが設置されている。 HECの構成も、もとは医師が中心であったが、今日では医療者だけでなく倫理学者、宗教学者、法学者、一般市民など多様な立場から構成されるようになった。そして、HECは教育、院内指針の作成、倫理コンサルテーションの機能を病院内で果たしており、米国の臨床における倫理問題に取り組む主要な体制となっているといえる。

 HECに関する固有の問題としては次の点が挙げられる。まず、何より委員各人の教育に時間が費やされ、病院内の指針立案と検討の際、重要な倫理的観点を盛り込めていない。更にHECの重要な役割の一つでもあるコンサルテーションにおいては、核となる権限の基準の未完成さ、コンサルテーションを担う人材の養成プログラムの不足が指摘されている。

 医学研究での行為や臨床現場での実践は、社会的及び政治的な影響を受け、時代ごとに異なる倫理的、法的、社会的問題を生じさせる。 IRBとHECはこれらに答えるために存在している。それぞれの役割を円滑に機能させるために、委員の立場等の検討やインセンティブ、組織の経済的支援、委員の教育などの難問に取り組んでいる。以上のように、米国でも様々変容する医学研究、臨床現場の状況だけでなく、社会一般の状況の影響を受けて病院や研究施設の実態や体制は終わりのない変化、進化をたどっている。

●スチュアート・ヤングナー[2]/利益相反(Conflict of Interest)

 利益相反とは、患者の福祉や研究の妥当性といった一次的な利益(Primary Interest)が資金獲得といった二次的な利益(Secondary Interest)によって不当に影響を及ぼされる恐れがあるという状況と一般に定義されている。一次的な利益とは、医師や学者、または教師といった専門職の義務によって決まる。例えば、医師の場合、患者の健康、研究の誠実性、学生の教育といったものがあげられよう。二次的な利益は、通常、それ自身に違法性はなく、それどころか専門職として実務上、必要かつ魅力的な部分であるのかもしれない。ただし、専門職の決定において一次的な利益より二次的な利益に比重を置くことは問題であるという。二次的な利益のタイプとしては、金銭、名声または権力欲、家族や友人への責任、宗教的活動の際の責任、休息や娯楽などがある。利益相反は医学研究や臨床現場に特化した問題では本来ないことが理解できる。

 では、なぜ医学研究や医療現場における利益相反が今、米国で問題となっているのか。例えば、医師や医学研究者にとっての金銭が関係する利益相反には、診察後患者の専門医等への紹介、管理医療(マネージド・ケア)における治療についての意思決定の調整、医療の限界についての不透明性があげられる。そのほか、医療サービスの報酬、製薬企業からの贈与、企業助成の研究と様々である。つまり、医学研究及び臨床現場において製薬企業と研究者・医師間の関係の癒着があり、その関係が患者の治療や研究対象者に影響することが懸念され、今日、米国で深刻な問題となっている。
 これまで医学学術誌に投稿された論文の調査によると、多くの論文は従来の医療より新しい医療を好意的に評価している傾向があることが指摘されている。また、医師や医学研究者は製薬企業から金銭だけでなく、何らかの恩恵を受けており、それ自体も利益相反であるという。アメリカ医師会(American Medical Association)は利益相反について「いかなる状況においても、医師は患者の福祉より医師自身の金銭的利益を重要視してはならない。医療専門職の本来の目的とは、人々に対する奉仕であり、報酬や金銭を得ることは従属する対価である。医師にとって、医師の金銭的儲けのために不必要に患者を入院させたり、薬を処方したり、診断のための検査をしたりすることは非倫理的である。」と言明している。専門職として、医師は一次的な利益を二次的な利益に従属させてはならない。

 今日、日本の医学研究における研究審査委員会の体制について議論されている。そして、臨床現場における倫理的な問題に取り組む体制が求められてきている。更に、最近、医学及び医療の利益相反が深刻化し始めてきた。特に、大学が法人化したことにより、産学連携なしに事実上研究は困難である。医薬品の開発や承認に必要な臨床試験は企業の協力なしには実質不可能ともいえよう。(日本の利益相反に関する情報は、当ユニット「利益相反に関する基礎資料」を参照していただきたい。)(文責 / 長尾式子)

[1] マーク・オリッシォ(Mark P. Aulisio)氏:哲学博士、ケース・ウェスタン・リザーブ大学 Bioethics分野助教授 メトロヘルス病院臨床倫理プログラム指導者 主要な分野:政治哲学とバイオエシックスの交差、倫理コンサルテーション、二重結果の原則、臓器移植

[2] スチュアート・ヤングナー(Stuart J. Youngner)氏:精神科医、ケース・ウェスタン・リザーブ大学 Bioethics分野教授 主要な分野:終末期医療の意思決定、臓器移植、臨床の倫理コンサルテーション、死の定義

Comments are closed, but trackbacks and pingbacks are open.