リーダーからのメッセージ

「医療は患者の思いを受け止めていない」。臨床医としての疑問が出発点でした。末期がん患者に施される延命治療、過剰とも言える抗がん剤投与――大学卒業後内科医を務めた間に、当時の医療の“常識”に悩みました。一方患者家族の立場に回ると別の考え方がありました。私の母親をがんで亡くした時には、「だめだとわかっていても蘇生を試みてほしかった」のが本音です。
医療従事者と患者、家族の思いをいかに調整すればよいのか。疑問を胸に、世界初の生命倫理研究所として発足した米国ヘイスティングス・センターでしばらく学びました。そこでの議論はまさに私が求めていたものだったのです。不治の患者を安楽死させていいのかについて、「患者を苦しみから解放してあげるべきだ」という医師、「最後まで手を尽くすべきだ、本人の意思が最優先だ」と反論する倫理学者。専門や意見が異なるものが、同じトピックについて、一つのテーブルを囲んで、互いに理解できるような言葉で議論しあうのです。これが学際性ということの本質なのでしょう。

帰国後、京都大学で倫理委員会委員長を務め、脳死や生体臓器移植のドナーやレシピエントの方の最終的なインフォームド・コンセントの意思確認などを行ない、日本での医療倫理学を確立する一歩を踏み始めました。しかし、ヒトES細胞研究やクローン技術、代理母や出生前診断、延命治療と尊厳死の境目など、生命・医療倫理の問題は山積しているにもかかわらず、この分野を積極的に学び、関わっていこうという人材が圧倒的に不足していて、現在でもその状況は変わることなく深刻になっています。

そこで、本グローバルCOEは、若手研究者、医療従事者から市民まで、幅広い人材養成と研究を試みます。生命・医療倫理学は単なる座学ではなく、医療と社会をつなげるダイナミックな学問です。生命・医療倫理の問題は、現在に生きる全ての人に密接に関わる問題なのです。

私の目標は、「現代医療・科学技術が抱える倫理的問題を整理し、よりよい処方箋を提供すること」です。「医療倫理を考える」ということは、「よりよい医療とは何かを考える」、「よりよい患者・医療従事者関係とは何かを考える」ことにほかなりません。一人でも多くの方に、生命・医療倫理に関心を持っていただき、ともに考えていける場を提供していきたいと思います。

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